ゆげ
noteという場所をしばらく使っていたがなんとなく趣味に合わない気がしてきたのではてなブログに移行してみようと思った
いくつか他にも理由がある、所有している楽器全種類のレビュー記事を書こうと思って隙間時間にちくちくと更新し続けていたんだけど公開されることもないまま10万字を超えた
単体の記事としてはあまりにも読み辛くなってしまい、また執筆の際にも一文字打つたびにタイムラグが発生して面倒になってきてしまったので、内容はそのままにいくつかの記事に分割することを考え始めたのだが、そうなるともはやnoteが最適なのかもわからなくなってきてしまう
とはいえ別にはてなが最適だという話ではない
各種ブログの比較記事などにも目を通そうとしたが三分ほどで面倒になり、とりあえずはてなを作成した
知人(一方的にこっちが知っている、知り合いの知り合いくらいの人)がここでずっとブログを書いており、その雰囲気が好きだったのだ
日記はデフォルトの文字の質感とレイアウト、温度感のようなものがけっこう重要だと思う
わたしは最適解に呪われた人間である
ベストな選択をしたいと思うというより、そうしないと不安なのだ
だからこそちかごろ思う、実のところその舵は執り切れないと思った方がいい
どのブログがもっとも良いのかとか最初にいろいろ考えてみても、結局その通りにならない、仮にその通りになったとしても、それをその通りにするために自分の体力がひそかにたくさん支払われている
そうやってるうちにいろいろなものを逃してきたと思う
ただ、それもやはり重要なことだったと思うのだ
逃してきた、というのが、ただ責められるだけのことでもないと今では思う
というのも、最適解と思われるもの、もっとも良い手段だと思うもの
それに付随して発生する、とてもうまくいったらしい未来の自分
そういったものにやはり私はあんまり価値を見ていないらしい
ひらたくいうとテンションがぜんぜん上がっていない
いろんなノウハウを習得しつつ効率的に収益化して資産価値の高いブログの運用方法とかそういうページを読むことに、ぜんぜん
ここがどういった場所になるのかはまだわからない
そもそも私に限らず、人々の書く文章というものは、いくつもの傾向がある
ずっと考えているのは、そういったものは分割すべきか、ごちゃ混ぜにすべきか、ということ
分割した方が把握しやすいのは間違いない
整理整頓が好きなので、どちらかといえばそちらをやりたがる
やりとげられるかが問題、そして計画を練れるかが問題なのだ
整理整頓が好きだ
ただそれも何度も繰り返すうち、さすがにわかったことがある
分類不能の連中が、実はかなり多い
分類の方法、考え方によって属性が変わってしまったり
あるいはどんな分類方法でもどこにも属さなかったり
それは単に数が少ないということも関係あるかもしれない
化粧品を一個しか持っていなければ、化粧品という分類はあまりに非効率だ
それを効率よく運用したいがために、その属性に含まれるものの数を増やそうとすることすらある
文章でも、かなりそれがある
と、ここまで書いてみて思ったが、
やはりnoteよりはシンプルに文章を書きやすいような気がした
単に気分の問題である
少し音楽家らしいことを言ってみると、
演奏のしやすさには「返し」の質と量が重要である、自分の演奏が自分に聞こえてくる音のことだ、これはわかりやすく品質として優劣付けられる部分もあるにはあるかもだけど、どちらかといえば好みの問題が大きい
好み、考え方というか
単に返しが大きければいいわけでもなく、実はきれいならきれいなほどいいわけでもなかったりする
きれいに返しが聞こえるときは、きれいな演奏をしなければならない気持ちになるのだ、そしていつでもきれいな演奏がしたいわけではない
私には、気負いなく文章を書くには、はてなの返しの方が合っているように思われる
言い換えれば、
そういった部分の好みや相性で、それぞれの媒体に合った内容を考えるのも手だということ
テレキャス持ってないんだが
だから私はいつも、
最終的に使う曲や場面を考えて、収集する楽器の組み合わせや順番をベストに選択しようとしているのだろう
ただ、さすがに気付いている
実際に使ってみないとわからないし、実際に使ってみると、情がわいたりする
なにごともそう、もしかすると、自分自身すらも